山荘だより

和泉育子(25−3)

                             
・思い浮かべる家
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正月がすぎたころから、とくに暖かい日があると、やってきた若者が、
「山の家へ行きたいなあ、ねえ、いつ行く?」
 という。二月、三月とすぎていく間にも、なんどか同じ質問をくりかえした。
「まだ寒いわよ。震えるわよ」
 そういって両肩をあげて首をうめると、笑いながら、
「わかっています。でも行きたいなあ」
「行きたいねえ」
 と言葉をあわせる。富士山へむかって通いはじめた20年前のころは、一刻も早く着きたかった。疲れきっている神経を休める場所として、逃避の目的で、いつも急いでいた。
  山の家には、山にしかない空気がある。人をむかえる言葉があるわけではない。しんと静まる林のなかにあるものを、わたしたち訪問者が聴いて、たたずむ。季節ごとの、その繰り返しに、命をもらい、膨らませているような気がする。
「どうして行きたくなるのかしら」
「気持ちが洗われるから」
「きっとあの空気で身体のなかの細胞も、喜んで生き生きするのかもしれない」   邪魔をする音がないからと言おうとして、鳥の声を思い出した。澄み切った空間を飛ぶ小 鳥たちが、さえずりながら、どこかへむかっている。あの鳥たちに会いたい。

・人を迎える家

若い女性がふたり、軽自動車でやってきた昨夏。ひとりはすぐ、樹木に手をふれる。
「うちは、所沢の奥のほうで植木を扱っていて、小さいときから木に囲まれていました」
 この人の目は、もうあちこちの雑木に遊んでいる。
「そうなの農業もやっていて、新鮮な野菜をいつもいただくの」
 Sが友達をそういって紹介した。虫を警戒する都会娘とは違う。たくましいひとは、頼むと軽く身を動かし、脚立にのって剪定ハサミをつかっていく。動きを見ていると腰の据わり具合がしっかりしてどこから眺めても安定している。足腰のたくましさは、地にしっかりつながっているのだ。

 初秋にやってきたのは、若い家族。
「ぼくは父の転勤であちこちに住みましたから、田舎が大好きなんです」という。なんでも手伝うので、言ってくださいというので、道具を買いに山をおり「くろがねや」へ行く。長靴をはいた地元のひとたちが、ゆったりと買い物をしている。店の前には草花の鉢がならぶ。その空間をとおり店内に入る。いっしょに来た友達は大工道具をはじめ、さまざまな品物を興味深げにながめている。竹箒を買い、日用品をさがして外へでると、ふたりは感に堪えぬという目をしている。
「ぼく、こういう空気に癒されます」そうだったのかと、胸をなでおろす。つまらないのではなく、
「落ち着きますね、九州のホームセンターにいる人たちを思い出して」と故郷をなつかしんで話している。東京で働きだして忘れていたかもしれない。自分が自分でいる、それだけのことを、地元の人たちからのメッセージのように受け取る。
「さあ、山のお家に帰って、お仕事ですからね」
 弾みのある両親の言葉に、小さなひとがあわせて身体をふっている。

 ・語り合う家

 夜になると時間がどこかへいって、だれもが時の刻みを忘れてしまっている。日ごろ胸に溜めていた問いがサイコロをころがすようにでてくる。上司との溝をどう解釈すればよいだろうかと。悪口としては語らない。訓練された人たちは、自分を律している。ただ自分の理解の範囲を超えているのだという。
「自然のなかには、いじめや虐待はない?」
「根を張らせるときは、深くもぐる木と、浅いところをはうように根をのばす植物がある」「生かしあうようにできているのですね」
 きっと、大樹と若木がゆずりあうのだろう、他の木を制し自分だけ陽を受けようともしない。早春から花をつける木々も秋に林を彩るつるも、場所をさがして太陽と出会う。
「自分で探しているんですね」
「そうでしょうね」
「そういう自然の教訓は、この山へきてこそ、実感できます」 うなずきながら、樹木の声をもっと聞いておこうと思った。




 山荘開き (2007年9月)

神田川沿いにユキヤナギが芽吹くころになると、
「今年のお宅の山荘開きはいつですか」
と友人から電話がかかってくる。もうすぐといいたいけれど、
「山はまだ寒いので、4月の下旬まで待ってください」と返事をする。いつか春が待ちきれなくて、新学期が始まったころ行ってみると、緑の芽はなく、重なりあった残り葉の上に粉雪がたまっていた。思わず身をふるわせたのを思い出す。これはこれできれいだと家族で見とれていたが、しだいに寒さのなかで立つ勇気がなくなってきた。
「桜が咲くころまで。そのころレンギョウもミツバツツジもヤマブキも、みんな歓迎してくれるから」
「そのころっていうのは、下旬でしょ。桜も?」
「そう桜も。林のなかで小さな花びらをつけた富士桜が、ひっそりと」
「桜ってまわりがぱあっと華やかでしょ」
「山で咲く花は、ちょっと違う。そのころ、ぜひ見てごらんなさい」
 そう言っていると、若葉の林が浮かんでくる。なにもかも、いま始まっていくような新鮮さ。わくわくするあの山麓の春が待ち遠しい。

若者の富士登山

「この暑さはたまらない。いつ山へ行きますか」
 と若者まで問い合わせてくる。
「今年は時間があるの?」
 毎年だれかれとなく声をかけて、山荘でにぎやかに過ごすのがおもしろい。
「富士山に登りたいのです」
「中学生のときにおじいちゃんと登ったじゃない?」
「今度は高校の友人と、連れて行っていいですか」
 そういってやってきて、下山途中に大雨にあい、びしょぬれになって山荘へたどりついた。ベランダに立って迎えた大人たちは「頑張ったな」「いい記念だ」と言っている。自分は経験できない冒険をした者を、祝福したつもりで。だが疲れきった若者はうなだれている。かれの母親は、涙とともに「とにかく帰ってきてくれただけで安心」と座り込んだ。
 あれから数年たった。青年にとって富士山に登ったことは、自分に自信をつける機会になったらしい。働きはじめると、あれもこれもと計画が立てられない。今年の休暇はイタリア旅行へつかうらしい。それでも「山は涼しいですか。何時まで滞在ですか」と聞いてきた。

初秋の小さな客に

「秋の合宿には参加させてください。今度は3人です」
前に来たときお腹にいた赤ちゃんが二歳半になったので、山の空気を吸わせてやりたいと若い友人。大歓迎と返事をする。9月の下旬ならスズメ蜂もいないだろう。落ち葉のころでもない。おしゃべりができる小さな客と、葉っぱでままごとをしてみたい。「山には小鳥もリスちゃんもいますよ。ご飯を食べに来てくれるの」といおう。小さな人の頭のなかには、たくさんの白紙のノートが隠されているにちがいない。イギリスの作家サキは『平和的玩具』という短い小説のなかで、子どもの心に新しい刺激と方向をあたえるには、早いほうが良いといった。戦争とか、変死、虐殺などの血なまぐさい遊びを知る前にと。一世紀も前に、書いている。

別荘地のゲートをくぐると樹木のにおいがつよくなる。小さな人には白樺さん、イチイさん、モミジさんと呼んであいさつさせてみようか。話しかけるようになれば、しめたもの。何年かして、また樹木に語りかければ、もう詩人だ。人工的ではない自然界を訪ねて、感じる心が育っていく。自然が教えるこの気持ちの良さを全身でおぼえるには、早いうちがいいかもしれない。

冬の電話

「もう来春まで会えないわね。身体に気をつけて」
「初冬もいいのよ。空気がキーンとなって、富士山は真っ白で、ときどきゴルフ場を走っているのは鹿よ。見たことないでしょ」
富士観光の別荘地に定住する友人と別れて3ヶ月たつころ、電話が鳴る。
「ことしは1メートルも雪が降ったので、外へ出なかったの。編み物ばかりしています」と健在ぶりを知らせてくる。台風が樹木を倒した話から、自然淘汰というのは、ふしぎなものだと語る。「樹と樹がお互いを守りあうこともある」と。観察する人の言葉には含蓄がある。それを聞きたくて、耳を傾ける。人の気配がしない山荘周辺では、いろんな音が聞こえてくるそうだ。樹が折れる音、鳥が羽をふるわせる音、動物の足音も。ときにはツララの音楽も聴こえるのだろうか。


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       

PHOTO : Kuromoji

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